市川染五郎の 歌舞伎のとばくち

第12回 伝統の重みを背負い、憧れの初役・熊谷直実

『熊谷陣屋』で熊谷直実が手にする「軍扇」。表裏同じ柄ですが、色が反転になっています。

歌舞伎座から新橋演舞場へ

歌舞伎座のさよなら公演も終わり、これから約3年間歌舞伎座は生まれ変わるために閉場されます。今月からは新橋演舞場を拠点として歌舞伎興行が行われていきます。これからも歌舞伎をご愛顧の程、よろしくお願いいたします。

伝統、高麗屋を背負っての初役

さてその第1弾の公演で、僕は曽祖父(初代中村吉右衛門)の代から当たり役にしている「熊谷陣屋」の熊谷直実を勤めています。高麗屋にとって、とても大事にしている役でもあり、この役に憧れを持っていました。

敵方である大将平敦盛を助けるために、敦盛と同じ歳の16歳の我が子を身代わりとして殺し、義経公に首を差し出すという物語で、今の時代には置き換えがたい「戦争」、「主従」、「恩義」がキーワードになっている作品ですが、そのキーワードが枷となり「武士」の勤めと「夫」、「父親」の情の狭間で、熊谷直実が悩み苦しむ様を描いています。

時代を超えて日本人の心に響く悲劇として上演され続けている傑作です。非常に重いテーマの芝居ですが、言葉、音楽、色彩など、すべてにおいて洗練されつくしているこの作品に真正面から取り組んで、今の時代にも語り継がれていくよう勤めています。

曽祖父・初代中村吉右衛門の軍扇を手に

今から20年前くらいになりますが、その熊谷直実を曽祖父が演じたときに使用したという軍扇を、曽祖父の贔屓だった方から譲り受けたことがありました。箱書きは祖父・八代目幸四郎(松本白鸚)が書いている貴重な小道具です。

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20年前に譲り受けた曽祖父の初代中村吉右衛門が使用していたという軍扇。桐箱の表書きは祖父・松本白鸚の直筆。








曽祖父の初代中村吉右衛門は歌舞伎の一時代を築いた人で、名優として歌舞伎の歴史に名を残しています。その曽祖父が実際に使用したものに触れるだけで僕は鳥肌が立つ気分です。「この軍扇を握って懸命に芝居をしていたんだ」、「どんな思いでこの軍扇を使って回を重ねていったのか」・・・想像するとさらに胸がドキドキしてきます。

僕は伝統の魅力をここに感じるのです。演じる者にしかわからないことかもしれませんが、物心付かぬうちから歌舞伎に触れ、いつしか憧れを持ち、それが目標と変化し、楽しみながら、あるいは苦しみながら芝居三昧の暮らしをしています・・・先人に畏敬の念を持って。

そんな名優たちを祖先に持っているからこそ、自ら進んで高麗屋の継承者として名乗ることが出来る幸せを感じています。

先祖のパワーをもらって走り続ける

とは言うもののプレッシャーも相当なもので、その先人たちと必ず比較されます。父はもちろんのこと、祖父の舞台も観ているお客様や役者さんの視線は当然厳しいものになります。が、役の重みだけでなく、伝統、高麗屋という重みを背負ってこの役に臨んで、その重みに押し潰されずになんとか千秋楽を迎えたいと思っています。

そのためのゲン担ぎといっては何ですが、この役に憧れ、いずれは演じたみたいと思いながら持っていた僕の宝物である「軍扇」を出番前に必ず握ることにしています。「無事に勤められますように」というお願いと「触れることで先祖のパワーをもらうことが出来る」おまじないの気持ちでギュっと握ってスタンバイをしています。

とにもかくにもいろんな意味で第1弾! これからも走り続けます。

さてさて、次回からこの「歌舞伎のとばくち」はもう一歩進んで、あらたな形で歌舞伎の魅力をお伝えしたいと思っています。ご期待ください。

市川染五郎

プロフィール

市川染五郎(いちかわ・そめごろう)

1973年1月8日生まれ。1979年、松本金太郎で初舞台。1981年、七代目市川染五郎を襲名。屋号・高麗屋。端正な顔立ち、華と品と色気を持ち合わせ、立役から女形までこなす、次世代の歌舞伎界を担う一人。復活狂言や新作にも力を注ぎ、また、歌舞伎以外でも映画、舞台、テレビと幅広く活躍。特に若者に人気の劇団☆新感線とのコラボ作品での主演、NHK教育TVの親子で楽しめる歌舞伎体操などで、幅広く新しい歌舞伎ファンを発掘している。松本錦升の名で舞踊・松本流家元でもあり、踊りには定評がある。監修書に『歌舞伎のかわいい衣裳図鑑』(君野倫子著・小学館)、著書に『市川染五郎と歌舞伎へ行こう!』(旬報社)、『瞳に「気品」を、心に「艶」を』(講談社)など、また、近著に『歌舞伎のチカラ』(集英社)がある。
オフィシャルブログ「そめいろ」随時更新中!

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