君野倫子が訪ねる 歌舞伎を支える人びと

第5回 附打さんと幕引きさんに聞く

見得(みえ)をするとき、気持ちのよい柝(き)の音を響かせる附打(つけうち)さん。おなじみ定式幕(じょうしきまく)を開け閉めする幕引きさん。どちらも大道具の所属とは、私はまったく知りませんでした。

前回のこのコーナーでご紹介したように、大道具さんの中にはいろいろな専門部署があります。附打さんと幕引きさんは他の大道具の仕事もやりながら、その中から附打と幕引きという専門職を受け持っていることになります。

さて、このどのようなお仕事、どんな喜びや苦労があるのか、附打の芝田さん、幕引の柳沢さん、ベテランのお二人にお話を伺いました。

附打も大道具の所属なんですね? これは意外でした!

★附打・芝田正利さんに伺いました


芝田正利さん

大道具が舞台を一から作りあげて出来上がったところ、つまり大道具の最終工程に附打と幕引きの仕事がある・・・ということになりますね。

昔は、附打は役者付だったりしたものですが、今は大道具付です。私も修行時代は、大道具の仕事をなんでもやりました。何でもできないと一人前の大道具とは言われなかったですし。

巡業などに行けば、いろんなことができなくてはいけなかったし、芝居のことがわかっていないと、附打はできないわけですから。今でも附打のないときは、金や銀を貼る経師という仕事はやったりしますよ。

★幕引き・柳沢幹郎さんに伺いました

私も幕引き以外にも、飾り方の仕事をやりますよ。

附打も幕引きも大道具の仕事はやりますが、附打と幕引きは専門の人がいるということですね。

附打を初心者の方に説明するとしたら、どんなふうに言えばよいでしょう?

★芝田さんに伺いました

演じている役を大きく見せたり、悲しく見せたり、お客様に気配をわかってもらうために音のしないところでも打つ、擬音、効果音ですね。

たとえば『忠臣蔵』の七段目、二階からお軽のかんざしが落ちるとき。かんざしなんて落ちたって、音はしないんだけど、お軽の存在を大星由良之助やお客さんに知らせるんです。

あと、花道の奥の揚幕(あげまく)から誰かが出てくる前に、誰かが来るよという気配を知らせるのを 打ったりもします。こういう本来音がしないところで打つのを「聞かせ」といいます。

立廻りなどは思いきり打てるんですが、聞かせはその気持ちになって打たなきゃいけないので、非常に難しいんです。

幕引きは専門職だったとは、これも意外でした。幕引きの役割とは?

★柳沢さんに伺いました

まずは幕を引かないと芝居は始まりませんからね(笑)。とても大事な仕事です。物語の転換のための幕、道具が変わるための区切りの役目ですね。

もちろん、最後に幕を閉めて芝居が終わるわけなので、それまで気持ちよく観ていたお客さんの気持ちに水を差してはいけないので、ただ無造作に閉めているわけじゃありませんね。

附打の難しいところは、どんなところですか?

★芝田さんに伺いました

やっぱり、生なので三味線、長唄、役者、附打が皆、息を合わせるのは難しいことです。ぴたっと合うなんて、1年に1~2回くらいしかないです。

その日その日の役者さんの体調も違いますし、日によって見得をする早さも違いますし。でも、その代わり、ぴたっと合った時は、自分が見得を切りたくなるほど気持ちいいもので、やっててよかったと思います。難しいけれど、タイミングのおもしろさがあるんですよね。

あと、同じ演目でも役者さんや家によって附けが違うんです。マニュアルや楽譜があるわけでもないので、覚えるのは簡単じゃないですよね。

歌舞伎の特徴といえば、見得と附打のイメージが強いですが、附打は、あくまでも効果音なのだから、附打が目立ってはダメなんですね。

一つの場面に音が一体化するのが理想であり、気がつかないほどの柝(き)が打てるのが目標です。「今日の附打は芝田さんでしたねっ」て言われるようじゃダメだと思ってるんです。

どんな修行をして附打になるんでしょうか?

★芝田さんに伺いました

私なんかは、師匠に柝を持たせてもらうまで、半年から1年かかりましたね。落語のように師匠の前で、手で膝を打って練習をしました。

今の若い人にこれやっちゃ、誰も続きませんから、今はそんなことはありませんが・・・。

でも、何より大切なことは「芝居が好き」であることです。技術も大切ですが、芝居がわからないとできないので、「芝居が好き」というのは大前提です。

幕引きの喜び、難しいところは、どんなところですか。

★柳沢さんに伺いました


柳沢幹郎さん

役者さん、各裏方さん、附打さん、皆さんが完璧な状況を作ってくれて、なおかつ、お客さんに一幅(いっぷく)の美しい錦絵を見せて・・・それを私が締めるんですから・・・それはそれは気持ちいいです。喜びです。

ただ、幕を開ける、閉めるを単調にやっているわけじゃないんですね。附打が同じ演目でも、役者によって違うように、幕の締め方も役者によって違うことがあります。

たとえば、『助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)』の最後、助六の花道から引っ込みにあわせて幕を締めますが、本舞台には揚巻がいます。時には、助六の引っ込みに合わせるんじゃなく、舞台に残る揚巻をたっぷりということもあります。

『京鹿子娘道成寺(きょうかのこむすめどうじょうじ)』の最後は、道成寺の鐘が上手にあるので、鐘の上にいる白拍子花子をお客様にはたっぷり見ていただけるように、上手はゆっくり締め、下手に行くほど早くなります。主役がどこにいるかによって、幕引きのスピードが違うんです。

逆に早く閉めて消したほうがいい場面もあります。『仮名手本忠臣蔵』の喧嘩場・松の廊下は、もみあっている場面で終わるので、まったり閉めてはおかしいですよね。そこはさっと早く消すことで、緊迫感が残りますよね。

幕が引かれた後に、役者さんが花道に残って演技する、幕外の引っ込みという幕切れがありますが、たとえば、『伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ)』の「床下」も仁木弾正が花道に残るので、さっと幕は閉めないとといけません。芝居の内容と役者によって閉め方も違ってくるんです。

また、幕をもっともゆっくり時間をかけて開けるのは、『仮名手本忠臣蔵』の「大序」です。47回打たれるの柝の終わりとぴったりあわせて幕が開かないといけません。勢いで開けられないので、重い幕を腰をしっかり入れて引きます。

幕の開け閉めを柝や下座音楽にあわせるのは、意外に難しいものです。

あの定式幕はそんなに重いのでしょうか?

★柳沢さんに伺いました

客席を暗くして、幕を引いてあれば、舞台の照明はもれないほど厚くて重いんです。勢いよく閉める時はまだよいとして、ゆっくり閉めるようとすると、重くて動かなくなってしまいます。

送電線をイメージしてみてください。重くてたわむので、手だけでは幕は引けないんです。腰をしっかり入れて、かつぐ感じです。

あの定式幕は何でできていて、寿命もあるんですか?

★柳沢さんに伺いました

素材は木綿ですが、舞台面より長くて引きずってますよね。ジーパンの膝が抜けて穴があくみたいに、幕もすれてしまうんです。だから、4~5年くらいで新しく変えています。お客さんは毎日入れ替わるので、あまり気づかれないかもしれませんが、変えてすぐは微妙に色が違うので変わったことがわかりますよ。

どんな修行をして幕引きになるんでしょうか?

★柳沢さんに伺いました

基本的には、舞台の飾り方がある程度、ベテランになってからじゃないとできませんね。

最初は幕の持ち方、引き方、姿勢など教えてもらうけれど、どの芝居のどの場面の開け方はどうだって、教えてもらってもわかるものじゃないです。芝居をよく理解して、場数を踏むしかないんです。

★インタビューを終えて

附打さんは、やっぱり歌舞伎にはなくてはならないもの。あの音を聞くと気持ちよくなったり、気分が盛り上がったりします。普段、幕の開け閉めを何気に見ているだけでしたが、幕引きさんのお話を伺ってからは、幕で隠れて姿は見えないけれど、幕引きさんの存在をしっかり見るようになりました。歌舞伎には本当にたくさんの裏方さんが、それぞれの場で活躍されているのです。歌舞伎に行かれたら、そんな裏方さんの仕事も意識してみていただきたいと思います。

お忙しいなかお話をしてくださった芝田さん(右)、柳沢さん(左)と記念撮影。歌舞伎座にて。

プロフィール

君野倫子(きみの・りんこ)

着物を中心とした執筆業、着物や和雑貨の企画プロデュースを手がけるプランナー。3年半前から歌舞伎に通い始め、昨年「歌舞伎のかわいい衣裳図鑑」を発刊。着物、手ぬぐい、歌舞伎など、古き良き日本文化を現代の感覚で楽しむことを提案している。編著書に『着物まわりの手づくり帖』『君野倫子のおせっかい着物暦』(以上、小学館)、『平成着物図鑑』『ハイカラ手ぬぐい案内』『きもの便利帖』(以上、河出書房新社)、『君野倫子のきもの着せかえ遊び』(毎日コミュニケーションズ)。
オフィシャルサイト「きもの箪笥」随時更新中!

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