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DESIGN MEMORIES

SWdesign|Design Memories 007|「今、再び開かれる本―心(ハート)の処方箋」

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SWdesign | Design Memories 007ー「今、再び開かれる本―心(ハート)の処方箋」

『タオ自然学』 フリッチョフ•カプラ 著/吉福伸逸他 訳(工作舎 2,310円)

 

「いかなる道もひとつの道にすぎない。 心(ハート)に従うかぎり、道を中断してもさげすむ必要はない・・・・・・。あらゆる道を慎重によく見ることだ。必要とあらば、何回でもやってみるがいい。そして自分に、ただ自分ひとりに、次のように尋ねてみるのだ。この道に心はあるかと。心があれば、いい道だし、なければ、その道を行く必要はない」(文中より)。

もう25年近い昔の話です。美大に入り、デザインのデの字もわかっていない時、恩師ともいえる先輩の本棚から1冊の本を発見しました。ドン・ファンの強烈な引用文から始まる、現代科学と東洋思想の統合を図ったフリッチョフ・カプラの『タオ自然学』です。私はこの本にもたらされている発想やそれを取り囲む環境に大いに興味を持つようになりました。


後に、私はカーデザイナーとしてその創造活動をスタートするわけですが、純粋にデザインを考えれば考えるほど、本質とは何かが違うと感じるようになっていました。 日本にはモノがあり過ぎる、多過ぎて生活者はモノの価値にまひしている-デザインの質とはその社会そしてその社会の人の、心の質そのものです。そしてデザインの本質的な狙いとは人の物質的な豊かさではなく、人の精神的な豊かさとは誰もがわかっていても、それは歪(ゆが)んだ理想論とされてしまう日本。やり過ぎは人やその社会を病気にする? 現状の高消費経済体系でのデザインは企業が生き残るための最後の目玉となり、だからこそほかとは違った商品を常に求め、デザインはオーバーヒート、起爆剤の手助けをするようになるのです。もちろん、この消費社会を否定するわけではありません、このような社会であるからこそ、デザインがやるべきことはたくさんあるのです。


この1970年代初頭に書かれた本を今、私が薦めるのは決して偶然ではありません。第2次世界大戦後猛進した先進国の近代化は70年代にさまざまな社会問題を巻き起こした。そしてこの問題はとどまることなく今も 第2、第3世界に受け継がれています。人はなぜ、同じ間違えを繰り返すのか。『タオ自然学』の中でカプラは、「科学に神秘思想はいらないし、神秘思想に科学はいらない。だが、人間には両方必要なのだ」と述べていますが、こんな思想の中に何か解決の糸口があるのかもしれないと考えているのです。禅等と共にわれわれの思想の教えを説く『タオ(道)』は、見失いつつある人の真の心を取り戻そうとする『心の処方箋(せん)』です。


この本には、次のような問いかけがあるように思えます。「私には、いったい何ができるのでしょうか?」。答えは簡単であって、簡単ではありません。しかし、この本は、まずこう語りかけるでしょう。「各自、よりよく知ること、そして自分の心をととのえることだ」と。社会に善と悪があるように、デザインにも善と悪がある。私はこの歪んだ消費社会の自動車産業でデザインを行なっています。客観的に見れば問題だらけです。自分は本当に真のデザインをしているのか? そんな思いに立ったとき、私はこの1冊の本を開きます。そして、自問自答するのです。「私にはいったい何ができるのでしょうか?」

2009.10.27|11:20|DESIGN MEMORIES

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