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マリアの震災報告 2

jishin001.jpgこれは3月11日、地震発生直後の夕方の近所の光景。道は泥で埋まり、道路の一部が隆起し、亀裂が入っている惨状。門塀が倒れたり、お家が沈んだり、ズレたり、傾いてしまったところも少なくない。下の2点の写真は水道管が破裂したところ。

 

地震発生当時、マリアはお家でたったひとりお留守番。だからとても怖かった。震えた。玄関ドアのすぐ内側にずっといた。午後4時ごろ頃になってやっとパパが帰ってきて、いつもの公園にお散歩に行ったけど、地割れと汚泥だらけで満足に歩けなかった。すでに水道が止まり、足を洗えなかった。

 

その頃、帰宅難民になったママはスウェーデン家具の「イケア船橋」に避難中。そこではホットドッグのソーセージなしのパンやおやつなどをもらっていたけど、夜になると出なくてはならなくなり、1列で近所の中学校に急遽、設置された避難所に移動。すでに電気が止まっていたものの、イケアの人がランタンなどを寄付してくれて、真っ暗になるのだけは避けられたそう。

 

自宅にいるパパと避難所のママが携帯電話で連絡が取れたのは、地震発生からおよそ4時間半後。パパはママ救出のため、大渋滞覚悟でクルマで出掛けることを決意。身の回りの荷物をフル装備してるから、旅行かな ?  と思ったけど、パパの顔はそんな雰囲気じゃかった。またお家に誰もいなくなり、あたりがまっ暗になって、さらに心細くなったけど、ママを救出しに行くんだからしょうがないってあきらめた。

 

でも、国道357号線は夕方の帰宅時間とも重なり、大渋滞。目的地の避難所までたった15キロの距離なのに、着いたのは午前0時を回っていたから、4時間はかかったんだって。

 

でも、本当に大変なのはそれからだった。

 

2011.03.15|11:37|Photo Gallery

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