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Sometime Atlas

第八章 『マリアの"一夜にして"ワンダフルライフ 鹿児島の記憶』 08

Mさんからの手紙

 

 

今では縁あって連絡を取り合うことができる、鹿児島の崩壊した繁殖場からマリアたちを救出してくれたMさん。ある日、彼女から1通の手紙が届きました。あのころの記憶を、正しく伝えたいと・・・・。それは驚くべき内容でした。Mさんは今でも当時、目に焼きついた悲惨で残酷な光景が、悪夢としてよみがえることがあるそうです。

 

 

 

『 私たちボランティアが繁殖場でほんの少し救出活動ができるようになった2007年の夏、マリアたち大型犬は屋根のない屋外で過ごしていました。雨が降らない日が続き、石のように硬くなった地面に一生懸命穴を掘り、隠れるように身をひそめていましたが、本当に日陰などほとんどない、灼熱(しゃくねつ)の太陽の下で過ごしていたのです。中型犬、小型犬は、畳一畳半ほどのスペースしかない、段ボール箱が敷かれた物置の中へ閉じ込められていました。
 

 

その物置のドアはいつも閉ざされたまま。重い扉はわずか1~2cmほどのすき間しか開けてもらえなかったのです。それゆえ日中もまったく日が当たらない真っ暗な世界。しかも物置の中は、むせ返るほどの、たとえれば真夏の炎天下に何時間も放置したクルマの車内を思わせる、耐えられない暑さでした。

 

 

扉を開けるとモワッとした、オーブンの中のような熱さを感じたのを覚えています。何日も掃除などされていないため、あたり一面、ふん尿まみれです。段ボールはグショグショにぬれていました。その中でたまに与えられるわずかな水と、わずかな食事をもらいながら何頭もの犬が生きて、暮らしているのですから、あたり一面、反射的に息をとめながら掃除をしなければならないほどの悪臭が立ち込めていても不思議ではありません。


 

 マスクをしていても、悪臭に耐えきれない。私はむせ返りながら段ボールを1枚ずつ取っていきました。体に染み付くような臭い、それは一生忘れられないと思います。


 

そのとなりの物置にも同じように小型犬が数頭、押し込まれていました。スペースはさらに狭く、犬たちは互いに踏みつぶし合いながら、その狭く、暑い、ふん尿まみれの中で毎日、生きながらえていたのです。その犬たちを目にした時は本当にゾッとしたことを覚えています。

 

 

            これが現場です。繁殖場なんていえるでしょうか? マリアたちはこんなところで何年も暮らしていたんですね。

 

 

初めてあの敷地へ足を踏み入れたとき、犬の鳴き声が聞こえ、まさか・・と恐ろしくなりながらも物置に近づくと、犬が犬の上に乗り、その上にまた助けを求めるように犬が乗っている姿と、わずかなすき間から私たちを見つめる小さな黒い瞳が見えたのです。


  

ここで一体、何頭の犬が亡くなったんだろう、って考えずにはいられませんでした。あんな環境の中に何年もの間、犬たちが閉じ込められ、大型犬たちは鎖でつながれ宙づりの状態で生きていたのですから、怒りよりもこの場所で生きていた犬たちがいたという現実にとてつもない、吐き気をもよおすほどの恐怖を感じたのです。

 


だけどマリアは、そんな環境を乗り越え、今があるのですよね。マリアは狭い場所がとても嫌いで、怖がるそうですね。もし過去のトラウマ(心的外傷)があるとしたら、それがいつか消えることを願っています 』。

 

  

 

maria_kagoshima2.jpg

 マリアとお姉さんのランプ。いつも一緒でした。 うれしいとピョンピョン飛び跳ねるクセは今でも同じ。食事を作っていると、もう大変です。

 

 

それにしても、当時のMさんの魂が込められた貴重なブログには、レモンを始めとする多くの犬たちの写真があるのに、なぜかマリアの写真が少ないのです。そのことを改めてMさんに聞いてみました。

  

 

『 いつ現場に行ってもマリアと兄弟のランプは遠慮がちでした。そばに行って撫(な)でてあげようと思っても、ほかの子がやきもちをやき、私たちのそばへ飛んできて、マリアたちの間に割って入ってくるのです。するとマリアとランプは必ず遠慮して譲ってくれるのです。だから写真を撮れるような機会があっても、いっぱい写真を撮ってあげようと思っても、なかなか思うようにいきませんでした。

 


あそこで生きていた子たちはいい意味で生きるのに精一杯だったんです。それまで知らなかった人間の愛情を得るために割り込んでくるのは当然です。そうじゃなければ生きていられなかったんだと思います 』。

 

 

 

そんなお手紙をいただいたあと、ボクはMさんに最近のマリアの元気な姿を見てもらおうと、マリアの写真を何点か送りました。そして返信のお手紙をいただきました。

 

 

『 すてきなお写真ありがとうございました。写真で目にするマリアがあまりにも美しくて、本当にあの現場にいた子なのかな?って思ってしまうほど不思議な感じがしています。

 

 

いつも遠慮がちだった子が今はあんなに堂々した姿になり骨格も大人になったような気がします。幸せそうな笑顔にも心が癒やされます。

 

  

私のことを覚えていてくれるかな? なんて写真を目にしながら思いました。あの子たちと過ごした年月は、私が生きてきた証しでもありますから。マリアは私の人生の中でもかけがえのない一部でもあり、忘れられたらせつなくなりますけど、はたして私はマリアたちにどれだけのことをしてあげたのだろうか?と思うと、全然、十分じゃありません。

 

 

maria2011.2.23yoyogipark.JPG

Mさんに送った1枚。マリアのライフワーク、『わんわんミシュラン』の調査で代々木公園を訪れたときのワンカット。クルマが大好きで、乗ればこの通りの笑顔。都会の公園を吹き抜ける初春の風が気持ち良さそう。 マリア、Mさんのこと、忘れてないよね・・・・。

 

 

マリアはいつも遠慮がちだったから、私の愛情が十分に届いていなかったかも知れない。でも、愛情は今、マリアの手の中にありますものね。マリアが今、幸せで満たされていることが、私にとっての幸せなのかな?って思うんです 』。

 

Mより

  

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