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Sometime Atlas

第十四章 『マリアの十戒』 06

6.飼い主がどんなふうに私に接したか、私がそれをすべて覚えていることを知ってほしい。

 

 


マリアは繁殖場で生まれ、2歳半まで犬社会の中で暮らしていた。家庭犬じゃなかったから人間からなにも教えてもらうことなどなかったし、犬同士のけんかやいじめが日常茶飯事だった。

 

 

 

鹿児島の繁殖場時代、人間(経営者)は犬同士がけんかをすると大声をだしたり、たたいたり、つないでいる鎖を短くしたりして犬たちを苦しめることしかしなかった。マリアたちはいつの間にか抵抗することをあきらめていたんだ。マリアがほかの犬より警戒心、恐怖心が強いのは、そんな環境で成犬まで育ったからだと思う。

 

 

 

この家の子になって5年近くになるけど、いまだにいろんなことがトラウマ(心的外傷)として残ってる。雷や大きな音が特に苦手。家の中にいてもブルブル震えてよだれがダラダラでてしまう。パパやママは「大丈夫よ」と言ってやさしく撫(な)でてくれるけど、こればかりはなかなか克服できない。最近は来たころよりひどくなってパパやママを悩ませてる。

 

 

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雷は大の苦手。こんなふうにテーブルの下とかに隠れてしまいます。鹿児島時代、大雨や雷の被害にあったんでしょうね。

 

 

 

マリアはしかられると怖くて固まってしまう子だから、パパやママは決してきつくしからない。きっとマリアなりに理由があると思ってくれるんだ。先代のアニマルセラピー犬、犬のしつけ教室のモデル犬としても活躍したゴールデンレトリーバーのナナ先輩を育てたときと同じようにはいかなくて戸惑うことも多いみたいだけど、パパやママは今できなくてもいつかはできるようになると信じて接してくれているんだと思う。そんな家族に恵まれてマリアは幸せだとわかってるけど・・・幼少のころ経験した恐怖の記憶はなかなか消し去ることができないんだ。

 

 

 

パパやママはいつだってマリアの世話を忘れない。休日になると1日中、話しかけてくれるし、さわってくれる。日々何ひとつ不自由なく過ごしていられる幸せを決して忘れない。パパやママがマリアにしてくれたすべてに、この家の子になって良かったことに、心から感謝してる。

 

 

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                  マリアのお誕生日旅行。箱根の森の中のコテージでプレゼントをいっぱいもらった。忘れてないよ。

 

 

 

マリアはこの家の家族になって、人間が犬1頭にもそれなりに時間を費やしてくれることを知った。マリアが喜ぶからと忙しくても散歩の時間を短くしないし、ご飯だってドライフードだけじゃ味気ないと手間をかけておかずをトッピングしてくれる。マリアが安心して眠れるようにベットスペースもちゃんと考えてくれて、いつも清潔にしてくれている。かわいい洋服やリードや首輪を買って着せてくれて、かわいいと言ってくれる。マリアにさみしい思いをさせないようにと、旅行にだって一緒に連れて行ってくれる。


 

 

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犬といっしょに入れるレストランでは必ずマリアのメニューも注文してくれる。今ではけっこうグルメになったんだ。何も食べるものがなかった頃もあったけど、今ではそのぶん、おいしいものを食べてやるんだ。

 

 

 

ある盲導犬が、引退したあともパピーウォーカーさんのことをしっかり覚えていた話がある。パピーウォーカーさんの元を離れ、何年もたったある日、縁あって再びその家に引き取られたとき、足腰が弱まり歩けなかったそのラブラドールはパピーウォーカーさんを見た瞬間、元気を振り絞り、うれしさを全身で表現しつつパピーウォーカーさんの元へ歩きだし、そして玄関からかつて自分の居場所だった場所に向かって一目散に飛び込んでいったのも、その犬の記憶の確かさなんだ。

 

 

 

マリアはパパとママと過ごした日々を、パパやママがどんなふうにマリアに接してくれたかを、命ある限り、小さな頭の中に記憶して覚えているよ。もちろん、鹿児島の崩壊した繁殖場から救出してくれたボランティアのMさんやSさんのことも。

 

 

でも、これだけは覚えておいてほしい。マリアのトラウマ(心的外傷)のように、いじめられたり、虐待されたことも、犬の記憶にしっかりと深い傷として刻まれることを。

 

 

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2007年9月28日。マリアたちを救出してくれたボランティアのMさん、Sさんと鹿児島空港に向かうところ。2人のことは絶対に忘れない。当時はエクルという名前でした。

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