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Sometime Atlas

第十四章 『マリアの十戒』 05

5.話しかけてほしい。言葉は分からなくても、あなたの声は届いているから。

 


 

マリアは繁殖場で繁殖犬として生まれ、2歳すぎまで名前なんかなかった。だから、それまで人間に名前で呼ばれたことが一度もなかった。

 

 

ボランティアのMさんやSさんがマリアたちの世話をしてくれるようになって始めて、繁殖場の犬たちそれぞれに名前をつけてくれたんだ。そのころのマリアの名前はエクル。すてきな名前でしょ。

 

 

Mさんたちは繁殖場にいたすべての動物たちをそれぞれの名前で呼んでくれた。しっかりと目をみて話しかけ、優しく触ってくれた。しばらくたつと、自分の名前がなんとなく分かるようになって、名前を呼んでもらうこと、自分だけを見てくれることの喜びを知った。それまでは優しい言葉なんてかけてもらったことがないし、人間が発する言葉などまったく理解できなかった。繁殖場のオーナーはいつもいら立っていて、その声にマリアたちは日々、おびえて過ごしていたんだ。

 

 

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マリアが鹿児島から出発する日のワンショット。これからクルマに乗せられるところ。首輪には、ボランティアさんたちの想いが込められた、ひまわりの首飾りがつけられていました。

 

 

 

この家の子になって、マリアという名前をもらった。ママがつけてくれたんだ。ママ自身が"聖母マリアさま"のような心を持ちたいという思いと、神からの授かりものという意味も込めてマリアという名前にしたんだって。それにみんなから覚えてもらいやすい名前でしょ。呼びやすくて響きがいいからマリアも気に入ってるよ。

 

 

ママは里親になるのが初めてだった。だから、小犬のころから飼い始めた、先代のゴールデンレトリーバーのナナ先輩と同じような愛情をもてるかちょっと不安だったらしい。里親になる責任、エクルの第2の犬生を幸せで豊かにしてあげたいという自分の覚悟も必要だったって聞いてるよ。その覚悟がマリアという名前に込められいるんだと思う。2歳半で離ればなれになったマリアの姉妹やママが知ったら、「名前負けしてるんじゃないワンか」って言われそうだけどね・・・・。

 

 

今、思い出せば、マリアが鹿児島から羽田空港に着いて、受け取りの東京のボランティアさんからママに引き渡されたときからママとパパは優しく話しかけてくれた。パパの運転でワゴンの荷室に乗せられ夜の湾岸道路を走っていたときも、ママは後席からずっとマリアのことを触りながら、話しかけ続けてくれたことを覚えてる。でも、マリアは愛想なく後ろを向いて、都会の明かりがシャワーのように流れる不思議な光景に見とれていた。まだ人間の言葉を理解なんかできず、見知らぬ人と一緒だったから少し怖かったからでもあるんだ。

 

 

今では、マリアはお家の2階以外は自由に過ごすことができる。だから誰かいるときはいつでもみんなの声が聞こえてくるし、いつも大好きな家族のそばにいられる。食事のときはママとパパの間に、リビングでテレビを見るときはソファでママのとなりにいるのが好き。そんなとき、マリアのことをたくさん触ってくれて話しかけてくれる。犬を飼ったことがない人が見たら、不思議な光景に映るかもしれないね。

 

 

マリアは1頭飼いだから大好きなパパやママを独占できる。パパやママがたくさん話しかけてくれるから、今では何を言ってるのかだいたい理解できるようになったんだ。褒めてもらっているのか、悪口を言われているのか、怒られているかもちゃんと理解できる。たまにパパやママが大きな声をだすと、マリアに被害が及ばないよう避難することも覚えた。とばっちりはごめんだから。

 

 

散歩のときもパパやママはマリアに話しかけてくれるよ。マリアは公園やドッグランが大好きだけど、道中、においをとったりして犬同士の情報収集をしながらパパやママと並んで歩く時が最高に幸せ。「風が気持ちいいね」とか、「お花がきれいね」とか会話しながら、季節を感じつつゆったりとした時間を楽しむんだ。

 

 

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犬は言葉がわからないからと決めつけて、飼い主がだまっていたらつまらないんだ。よく散歩中、ほかの飼い主が携帯電話やスマホに夢中になっているのを見かけるけど、犬はつまらなそうに歩いてる。そればかりか歩くスピードが合わなくて犬が歩きにくそうでかわいそう。飼い主の立ち話しが長引いてほとんど歩かず、犬が足元で退屈している光景もよく見かける。犬にとって散歩は数少ない楽しみなのに・・・。マリアはたまにママの立ち話が長引くと芝生の上でわざとゴロゴロするんだ。身体を汚して困らせるのがマリアなりの小さな反発。

 

 

ママは毎日のようにマリアのブラッシングとか耳そうじをして健康管理をしてくれる。マリアはそれが大好き。ママにさわってもらえることだけじゃなく、不快なところを快適にしてくれるから・・・。繁殖場時代は病気でもけがをしても病院になんて連れて行ってもらえなかった。耳そうじなんてしたことないから耳の中は汚れていていつも痒(かゆ)かった。足は湿疹をかんでばかりいてたこになっていたんだ。

 

それが今ではその痕跡すらなくなった。マリアがこの家にきたばかりのころ、病院のお医者さんは皮膚病でできたたこは切除するしかないと言ってたんだ。でもママは1日に何度も薬を塗ってくれた。すると何ヶ月かしたらすっかり治っちゃった。そのことを覚えているから、ママのすることにマリアは抵抗しないよ。ママを信頼してるからね。今では、身体の反対側をするときママが「チェンジ」というと反対側に向きを変えられるようになった。ママは感心して「マリアは言葉をちゃんと理解してる!」って、みんなに自慢してるみたい。

 

 

パパやママは毎日、たくさんマリアに話しかけてくれる。それが犬はうれしくて、だからパパやママが忙しいときはいい子でいられるし、朝もママが起きてくるまでじっと待っていられるんだ。マリアが毎日、安心して過ごせるのは「おはよう」から「おやすみ」まで、パパやママができるかぎりたくさん話しかけてくれたおかげで、いつしか人間の言葉が理解できるようになったからなんだ。

 

 

 

                 3日間、ずっといっしょだった軽井沢のコテージにて。コミュニケーションにはおやつも必要かも。

 

 

 

世界中の犬を代表して言うよ。話しかけてほしい。最初、人間の言葉が理解できなくても、飼い主の声は犬にしっかり届いている。そしていつしか理解できるようになる。人間と犬のコミュニケーション、幸せな関係はそうして築かれ、深まっていくんだ。

 

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