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Sometime Atlas

第十四章 『マリアの十戒』 04

4.私を長いあいだ叱ったり、罰としてどこかに閉じ込めたりしないでほしい。飼い主にはほかにやる事があって、楽しみがあって、友達がいる。でも、私にはこの世であなたしかいないのだから。

 

 

 

マリアは大きな声でしかられたり、たたかれたりすると怖くて固まってしまう。繁殖場時代のトラウマからか、ほかの犬よりずっとずっと怖がりなんだ。

 

 

ママはマリアが繁殖場にいたころ、当時の様子を鹿児島のボランティアだったMさんのブログで見ていたんだ。だからまだ会ったこともないマリアの性格をとてもよく分かってくれていたらしい。ほかの犬より臆病(おくびょう)で控えめな性格だったから写真もほとんどなくて、ブログに登場する機会も少なかったんだけどね。

 

 

 

ところが、いよいよ繁殖場を出る2007年9月27日、動物病院への移動と、翌日、動物病院から鹿児島空港を経て東京へ移動するときのブログはマリアたち4頭の特集だった。初めてスポットライトを浴びたんだ。でも、それを見たママはマリアの印象があまりよくなかったんだって。

 

 

用意されたケージに入るのに抵抗し、そこから出るときも抵抗して何人もの人の手をわずらわせた。検診のため動物病院の診察室に入るときも前足を突っ張って抵抗して、がんこなまでに動かなかった。そんな様子をブログでしっかり見られたんだ。今聞けば、「この子はがんこすぎる。こういう子の里親にはなりたくないわ」とママは正直、思ったらしい。そのせいか東京での預かり先が4頭の中で唯一、マリアだけ決まっていなかった。

 

  

 

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 鹿児島最後の日の写真。これから鹿児島空港に向かうため、ケージに入れられようとしているところ。抵抗したんだろーな。

 

 

 

結局、ママが最初に里親に・・・と決めていたゴールデンレトリーバーのレモンちゃんにがんが発覚し、ボランティアさんの元で入院、手術。ボランティアさんの負担を軽減してあげたいと、そのつぎの便で東京にやってきたマリアをママが預かることになったんだ。今、振り返ってみると不思議な縁だと思わずにいられない。

 

 

そう、実はマリアはこの家に望みに望まれて飼われた子ではなかった。もしレモンちゃんに何もなければ、とっても悲しいことだけど、パパやママに会うことも、飼われることも、きっとなかったんだ。

 

 

わが家にきて間もないころ、マリアはパニック状態だった。大きな公園に散歩に連れて行ってもらってもオシッコは3日間出さなかったし、用意してくれた生まれて初めてのフカフカなベットにも寝ようとはしなかった。夜になると不安になり、人間を怖がって逃げまくっていた。そんな状態が2ヶ月近くも続いたんだから、普通なら「もう無理です」と、ボランティアさんに返されてもしかたのない子だったんだ。

 

 

 

でも、ママはなにがあっても頑張ってくれた。パパやお姉ちゃんもいつもやさしく見守ってくれた。「ボランティアさんに返せば、多頭飼育のためケージでの生活になる。手間も愛情も十分にかけてもらえない。何よりもまた環境が変わることがマリアにとってかわいそうだから」。きっと、そう思ってくれたんだ。

 

 

 

何日か一緒にいるうちに情が移り、言葉にはしなかったけれど、「この子はうちの子に・・・」と、徐々に思いはじめてくれたみたい。ただ、そのころのマリアは、そんな家族みんなの優しい気持ちに答えられない、暗くてまったくかわいげのない、ボロボロのラブラドールレトリーバーだったと思うんだ。

 

 

 

まだまだマリアとこの家のみんなの間に距離があった、この家にやってきて2ヶ月近くたったある日、東京のボランティアさんから「マリアに里親希望の人が見つかった・・・・」という電話があった。そのときママは迷わず「申し訳ありませんが、この子はうちの子にします!」と答えてくれたんだ。マリアにその気配がなんとなくだけど、伝わってきたことを覚えている。

 

 

 

電話を切ると同時だった。玄関で寝ていた私を、ママとお姉ちゃんが同時に『マリア!』と、これまでにないほど大きな声で呼んでくれたの。それまでリビングに入ることを拒否していたけれど、その瞬間、自分の中でなにかが大きく変わり、思わずみんなの元へ駆け寄っていったんだ。

 

 

そして家族みんなに優しくさわってもらうことを初めて受け入れ、初めてリビングルームのソファに乗った。かつて経験したことのないソファのフカフカした感触に驚いた。まだ人間の言葉は分からなかったけれど、みんなに笑顔で名前を呼んでもらったとき、かすかな身震いとともに、"この家の子になれるのかもしれない"と感じたんだ。

 

 

maria_genkan2007.JPG マリアが鹿児島からわが家にやってきて間もないころの写真。突然の環境の変化からか、不安からか、ガンコとして玄関から動こうとはしませんでした。だからベッド代わりにタオルを敷いてあげました。顔つきは今とはまるで違います。まだ、ボクたちを信頼するどころじゃなかったと思います。

 

 

 

マリアは普段、まったくほえない。それが今ではパパの自慢らしい。どこへ連れていっても大丈夫、いい子でいられる・・・・ってね。何しろ「この子は声が出ないんじゃないか?」と以前、パパが心配したぐらいなんだ。でもパパやママは知らないけど、ケージに入れられるホテルでは、ママやパパが帰ったあと、ほえ通しなんだよ。短いくさりにつながれっぱなしで育ったマリアは拘束されることと、ケージが大嫌いだからね。

 

 

 

初めてこの家にきた夜、ママがマリアが落ち着けるようにとケージに入れようとしたけれど、全身の力を振り絞って徹底的に、がんこに抵抗したんだ。鹿児島~東京の長旅で疲れていても、そうしたんだ。それでも最後には入れられたけれど、ワンワンとほえ続けた。ママはマリアの気持ちを分かってくれて、すぐに出してくれたけど、以来、「この子はケージがダメなのね」とあきらめてくれた。

 

 

 

最近はケージに入れるドックホテルじゃマリアがかわいそうと、広々としたお部屋の中でずーっとフリーでいられる特別なドッグホテルを見つけてくれた。ドッグトレーナーの夫婦が経営してるから、みんないい子にしてけんかもなく、仲良く過ごせるんだ。だからパパやママも安心してマリアを預けてるみたい。パパやママに用事があるときはマリアはいい子で待っていられる。だって必ず迎えにきてくれると信じているから。だけど、本心は一緒に出掛けるのが一番なんだ。

 

 

 

今では毎月のようにプライベート、お仕事でいろいろなところに、いろいろなクルマで連れて行ってもらっている。だから幸せ。この幸せがずーっと続きますように・・・・。

 

 

 

マリアは今でこそパパやママの言うことが理解できるようになったけど、初めから理解できたわけじゃない。犬は何回も続けて言われると理解できない。何かを教えるためのコマンドを与えるときは2回まで・・・とトレーニングの本に書いてあるそうなんだ。ママは愛犬と一緒のしつけ教室に通っていたから、犬のことを深く理解してくれている。怒るときはゆっくり低い声で目を見てしかるのがいいんだそうだ。

 

 

 

もちろん、マリアもしかられることがあるよ。そのときはママの目を見て反省してます・・・と目をうるうるさせるとほとんどの場合、許してくれる。するとうれしくて笑顔になってジャンプしちゃうんだ。ジャンプするのは鹿児島の繁殖場時代に身についた、マリアの喜びの表現方法。山奥の繁殖場に放置されていた私たちを救うため、何度も何度も通ってくれた、鹿児島のボランティアのMさんやSさんが来てくれたときも思いっきりジャンプしてうれしさを表したんだ。

  

 

 

反省→えがお.jpg

 

 

 

マリアはたまにパパやママが仕事や用事で家に帰ってくるのが遅くなってもいい子で待っていられるよ。それは必ず帰ってきて散歩に連れて行ってくれて、ご飯を作ってくれると信じているから。ママは日ごろから朝夕の散歩、食事時間などだいたい決まった時間にしてくれる。何かの事情で遅れることがあっても、信頼関係があるから不安なく待っていられるんだ。パパやママはマリアの世話を決して忘れたりしないからね。あの3.11、東日本大震災の日の夕方だって、液状化で周りが騒然としている中、パパがちゃんと散歩に連れていってくれたことを覚えているよ。

 

 

家庭犬は人間が世話をしてくれないと生きていけない。自分でご飯の用意なんてできないし、自分で玄関から出て行くことも、獣医さんに行くこともできない。だれかに電話することだってできない。犬の幸せは飼い主次第。パパやママはほかに楽しく忙しいことがたくさんあるけど、マリアはパパやママと一緒じゃないと何もできない。楽しく過ごし、生きていくこともできないんだ。

 

 

だから1日のわずかな時間でも、マリアとふれあってほしい。楽しい時間を作ってほしい。それがマリアが幸せで、いい子でいられる秘訣(ひけつ)なんだから。

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