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Sometime Atlas

第十章 『里親になるということ』 03

 先代のゴールデンレトリーバー、ナナは生後35日でわが家の一員になりました。最初のころ、食事は1日4回。子犬なので排便も頻繁、朝早くから「クンクン」という鳴き声で起こされ、乳幼児のように手がかかったものです。歯が生え変わるころは甘がみされまくり、愛情表現で元気に飛びつかれるのはそれはそれで嬉しいけれど、手や足は傷だらけ。洋服はかぎ裂きだらけでした。それはなにも、大型犬に限らないことです。

 

 

 

 

nana1994.8.12.jpg生後、約1カ月のナナ(1994年7月2日生まれ)。 歯が生えてきてかゆいのか、噛むことが大好き。あちこち、かじられました。1994年8月12日撮影。わが家に来たばかりです。

 

 

 

ナナの住まいは引っ越したばかりの新居。が、真新しい家具や部屋の柱、桟など、アッと言う間にあちこちカミカミした跡で傷だらけ。被害甚大ですが、かわいさあまって怒るに怒れない。もちろん、あらかじめその対策にと大きなケージを用意していたんですけど、夜、ケージに入れると「出せ、出せ」と吠えまくり。懇願するような顔を見ると、やっぱりかわいそうかな・・・ということで結局、使わずに終わってしまいました。もったいない。

 

 

 

そればかりか、生後6ヶ月まではトイレをいくらトレーニングしても失敗ばかり。新しいカーペットをトイレシートと勘違いし、オシッコし放題です。頭にきます。だから部屋中、においがもう大変。消臭剤ぐらいじゃ追いつきません。つまり、犬を子犬から飼うということは、"それなり"どころじゃない苦労、大変さが山ほどあるんです。

 

 

 

 

 

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上の写真から2カ月でこんなに大人っぽくなったナナ。このころの体形はちょっとアンバランス。1週間の出張から帰ってくると、知らない犬がいる!? みたいな感じでした。とにかくどんどん大きくなる。いたずら盛りでもあり、新築の柱をガリガリかじられ、引っ越し祝いでいただいた観葉植物の葉を食べ尽くされたりしました。子犬から飼うと、そんな被害も要覚悟ですね。

 

 

 

 

ところが、もう成犬になった2歳半でわが家にやって来たマリアの場合、子犬のように手がかかることなどまったくありませんでした。臆病(おくびょう)すぎて新しい環境への順応性があったとは言えないものの、最初のころからトイレの失敗などほとんどなく、意外にも無駄ぼえゼロ。お散歩では道路上で排せつなどしないお利口さん。最初からちゃんと公園や緑地に行ってから排せつすることができたのです。だから安心して外出することができたし、手がかからないので夜もぐっすり眠ることができました。ナナの子犬時代とは大違い。まぁ、大人、ですからね。マリア、偉いぞ。褒めすぎ、ですが。

 

 

 

ただ、マリアのベッドに敷いたタオルや毛布は、何のストレスの発散なのか!?おいしいのか?何枚も角をかじられた被害はありましたけど・・・(なぜか、布地の角が好きだ)。

 

 

 

 

towel.JPG

 

 

 

ところで、前にもお話ししたように、本来、里親として迎えた子はゴールデンレトリーバーのレモンちゃんでした。マリアはレモンちゃんがボランティアの元でがんの治療中、一時的に預かった子です。が、一緒に生活を、時間を重ねていくと情も移るってもんです。そして、少しずつ人間を信頼していくマリアを、やっと鹿児島の崩壊した繁殖場の地獄から抜け出し、家庭犬としての幸せをつかもうとしているマリアを、ボクたちはもう、悲しませ、裏切ることなどできるはずもなかったのです(だから、今、わが家にいます)。

 

 

 

マリアは運命という偶然によってわが家にやって来た天使のような子だと思っています。不思議なことに、今では性格が先代のナナに似てきたような気がします。気が弱く、ほかの犬にけんかを売らず、買わないところ。控えめな性格で家族の誰よりも一番下の位置にいると自覚しているところ。あまり運動が好きでないところ。そして食いしん坊なところです。

 

 

 

 

 

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わが家にやってきて2カ月たったころのマリア。やっと、ここが自分の家だと分かってきたようです。デジカメを持って近づいても、このように警戒心なしに、スヤスヤしていられるのですから。

 

 

 

 

わが家では、ボクたちが保護した犬の里親探しや、ボランティアを通じた犬の一時預かりを何度かしています。嬉しいことに、みんな温かい家庭に迎え入れてもらい、大切にされ、幸せに暮らしています。そして家族に愛され、天命の下、第二の犬生を看取られ、まっとうした子もいます。

 

 

 

ところで、里親の申し込みがあると、里親希望の家族に自宅まで来てもらい、お見合いをさせます。あえて里親を希望する人たちですから、みんな犬好きのはずです。が、犬は決して状態がいいわけではありません。皮膚病を患っていたり、けがをしていることだってあります。毛並み、毛づやだって本来の状態ではありません。そうした姿を見て、「この子は無理」と思われた家族もいました。こちらだってそれぐらい会話、態度から察しがつきます。すると犬は「今度こそ誰かに愛されたい、かわいがってもらいたい」と願う本能で相手を見抜くのか、そういう相手には関心を示しません。近寄りもしません。プィっという感じです。仲人としてはけっこうバツが悪いんですが・・・。

 

 

 

そんなお見合いでは「縁」などあるはずもない。もちろん、その後いい返事などあるわけない。けれども、その後、二度目のお見合いを経て里親になってくれた家族は、なぜか犬の状態をあまり深く聞いてきません。じっと犬の目を見て、優しく語りかけ、なでてくれるだけです。なので、カミサンはこう尋ねました。「どうして犬の状態を聞かないのですか?心配ではありませんか?」。

 

 

 

すると、帰ってきた言葉はこうでした。

「どういう状態の子でもいいんです。不幸な子を幸せにしたいと家族で決めたので、ここに会いに来たのですから」と。

カミサンは涙が出るほど感動したといいます。年が若くないとだめとか、人気の犬種とか、病気のない子とか、大きな問題がない子とか、里親希望の人もいろいろな条件を出してきます。が、「不幸な子を幸せにしたい」そんな思い、強い意思のある人に巡りあうまで待っていてよかった、本当にそう思います。

 

 

 

 

 

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マリア(左)と、一時預かりをして里親と引き合わせたゴールデンレトリーバーのアヴィちゃん(右)。歳はとっていましたが、とってもいい子でした。自分の立場を分かっていて、決してマリアを差し置いてでしゃばりません。今では幸せに暮らしていることでしょう。よかった。

 

 

 

その犬を里親の自宅まで届けたとき、先住犬として2頭の親子の中型犬がいました。よく吠える、とても気の強い子が多い犬種です。が、2頭とも、始めて会う、まだ悲しい眼をしている大型犬に近づき、穏やかに、優しく接してくれました。先住犬が「ようこそ、もう安心していいんだよ。仲良くしようね」そう語りかけているように見えました。「この里親さんの元ならきっと、いや絶対に幸せになれる・・・」カミサンはそう確信したそうです。

 

 

 

「このおうちで幸せになるんだよ。家族や先住犬と仲良くするんだよ」。そう言ってお別れしてきました。帰り道、里親が決まり、ホッとした気持ちと、なんだか寂しい気持ちが交錯していたのを覚えています。

 

 

 

里親になるには、いいところも悪いところも、その子のすべてを受け入れる覚悟が必要だと思います。不幸な経験をした犬は、最初は新しい飼い主の思い通りにはならないかも知れません。まだまだ人間不信で、新しい環境に慣れていないからです。マリアだってそうでした。けれども、里親として迎えた犬が家族のかけがいのない愛すべきパートナーになるには、それほど時間はかかりません。辛抱強く、ゆっくりと信頼関係を築くよう努力すれば、あとは必ずや時間が解決してくれるものです。

 

 

 

こう言ってはなんですが、犬はまだなんのしつけが入っていない子犬から飼うより、犬生を重ねた成犬の里親になるほうが、飼い始める側にとってはずっと楽だったりします。小さな子犬を買ってきたのはいいけれど、見る見るうちに大きくなる姿にびっくりして「こんなはずじゃなかった。こんなに大きい犬は飼えない」なんていう、お互いにとって不幸で最悪の事態も避けられるのですから・・・・・。成犬であれば、同じ犬種でもそれぞれ違う性格、相性も分かりやすいですからね。

 

 

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