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Sometime Atlas

第八章 『マリアの"一夜にして"ワンダフルライフ 鹿児島の記憶』 03

鹿児島の記憶-その3

 

 

マリアの話はまだまだ続きます。

 

 

 

『Mさんたちが繁殖場の犬たちを発見してくれた2007年1月ごろ、マリアは鹿児島の山奥の凍(い)てつく寒さの中、出産したばかりだったの。九州、鹿児島といっても、そこでは最低気温が一度にまで下がる日もあったのよ。もちろん繁殖犬だから出産するのは当たり前だけど、この繁殖場はいろんな種類の犬たちが一緒に暮らしていたからMIXを出産する子が多かった。繁殖場はこのころから管理もずさんでほとんど崩壊状態だったの。

 

 

 

マリアも柴犬とのMIXを3頭出産。メスのイエロー1頭とオスのブラックの2頭よ。その3頭の見かけはほとんど純血のラブだった。オーナーは純血が生まれると、出産後は特別に缶詰をくれたりしたけれど、マリアの場合はMIXだったから食事は普段どおり。もらえる日も、もらえない日もあったわ。もちろん授乳で栄養を摂(と)られるから空腹なんてもんじゃなかった。子犬たちも母乳が足りなくて、食ふんまでする始末だったの。本当に地獄だった。Mさんたちが来てくれるようになって本当に救われたことを覚えてる。

 

 

 

メスのイエローの子はノンちゃん。オスのブラック2頭にはリッツ、マーブルってMさんたちが名前を付けてくれたの。マリアもそうだけど(当時はエクル)、優しく名前で呼んでもらえるのがとっても嬉しかった。

 

 

 

non.jpg マリアの子供ののんちゃん。MIXですが、母親のマリアにとてもよく似ています。この写真はMさんたちがレスキューに入ってからのもの。キレイにしてもらっています。今は兄弟のリッツといっしょに高級老人ホームにいます。よかった、よかった。

 

 

 

 

3月。オーナーはMさんたちが繁殖場の敷地内に立ち入ることを嫌がるようになったの。それでもMさんたちは「不法侵入だ」と言われながらも、お菓子やジュースのお土産を持っていったりしてオーナーの機嫌を伺いながら、マリアたちの世話を続けてくれた。その間、犬を譲ってほしいとお願いしたけど、MIXでさえ8000円で売れるからタダでは譲れない、病気でやせ細った犬でさえ買い取ってほしい・・・・なんて、むちゃくちゃなことを言われたそうよ。でも、Mさんたちはお金で譲ってもらうことは決してしなかった。だって、これから先の、40頭以上の犬たちの医療費や、全国で受け入れてくれるボランティアの元へ届ける輸送費のことなど、解決しなければならないことはほかにもいっぱいあったから・・・・。

 

 

 

5月に入ると、今までMさんたちを拒否していた繁殖場のオーナーは、Mさんたちがマリアたちの世話を手伝うことに応じるようになったの。その理由は、ちょうどそのころ、動物愛護管理法の改正で動物取扱業者は5月末までに都道府県への登録が義務づけられて、その申請に向けてオーナーは繁殖場の改装を始めたから。改装といっても柵を取り付けたりする程度だったけど。その準備にMさんたちを利用したのかもしれない。

 

 

 

ただ、犬たちを取り巻く環境を著しく改善してしまうと、繁殖場として認可されてしまう。でもそれは犬たちのために避けなければならない。だから犬たちに必要最低限のことしかしてあげられないことがつらかったと、Mさんたちは言ってた。

 

 

 

そのころからオーナーはMIXの子犬や病気の犬を手放しだしたの。5月の末ごろ、マリアの子供のノンちゃん、リッツが高級老人ホームへ里子として旅立っていった。後で知ったことだけど、そこでは、土の上で雨風にさらされ暮らしていた鹿児島時代には想像もできなかった、冷暖房完備の快適なお部屋を与えられ、おじいちゃん、おばあちゃんに囲まれ優しくしてもらい、逆にノンちゃんとリッツはみんなを和ませるアニマルセラピー的な役割を担い、幸せに暮らしているそうよ。自分の子供が人間の役に立っている・・・・母親としてそれ以上の喜びはないと思う 』。

 

 

 

  

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マリアのもう1頭の子供のリッツ。黒ラブっぽくてかわいいいです。ボランティアのみなさんのおかげで鹿児島から飛行機に乗せてもらい、今は大阪の高級老人ホームで暮らしています。

 

 

 

犬たちの運命のファイナルカウントダウン。このあと、繁殖場に残された犬たちの運命は大きく変わることになるのです。そしてまた、マリアにとって鹿児島最後の暑い暑い夏がやってこようとしていました。 

 

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