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Sometime Atlas

第十章 『里親になるということ』 02

ボクが、わが家で先代ナナと同じゴールデンレトリーバーではなく、ラブラドールレトリーバーのマリアを引き取ることになったのは、実は「期限なしの一時預かり」という条件、約束でした。始めは、正直言って、ちょっと距離を置いて接していたように記憶しています。「犬は毛がフサフサ、フワフワのゴールデンレトリーバーじゃなきゃ」、という想いがあったからです。

  

 

けれども、家の中に犬がいると気になって気になってしょうがありません(だって、犬好きですから)。それでカミサンの留守をいいことに、思い切って散歩に連れ出したのですが、そこでは大変な目にあいました。その"事件"については第一章『夢よ醒めないで』02に詳しく記述されています。とにかく「死ぬかと思った」ぐらいの事件に巻き込まれたのです。

 

 

 

それはそうと、マリアは2歳半まで人間の愛情を知らずに育ち、ある日突然、鹿児島から東京に連れ出されたときには兄弟や仲間と引き離され、ケージに入れられて飛行機に乗せられ、パニック状態に陥っていたと思います。だからマリアがわが家に来た当初、お互いに緊張し、疲れました。まだまだお互いを理解できない、信頼できない日々、関係が続いたのです。

 

 

 

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マリアがわが家にやって来た直後の写真。目は落ち着かず、足は湿疹だらけ。まだこの家を、わが家だとは思っていなかったでしょう。

 

 

 

もちろん、始めて人間の家族の一員として迎えられ、飼われたマリアにとって、わが家での生活はあらゆることが初体験でした。カミサンはさまざまな情報収集によってマリアの育った環境を知っていたので、急がず、家庭犬として知るべきこと、やるべきこと、逆にしてはいけないことをひとつひとつゆっくり教えていこうと接していました。性格はとにかく怖がりで頑固。犬らしい愛くるしさなどまったくない一方、遠慮深く自己主張をせず、何をされても抵抗もせず、じっと我慢するけなげな子でもあったのです。

 

 

 

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 マリアは最初、ドアが空いているのに、決して玄関フロアから動こうとせず、みんながいるリビングにもダイニングルームにも入ってきませんでした。ここは自分の本当の居場所じゃない、そう感じていたのでしょうか。ある夜、じっと玄関ドアを見つめていたことがあります。誰かが迎えにきてくれると信じていたのでしょうか・・・・。 ちなみに着ている洋服は食べられてもう存在しません。

 

 

 

「人間不信」。そのころ、マリアの心の中には、そんな気持ちが深く刻まれていたに違いありません。繁殖場で育った最初のころは、愛情こそ注がれなかったものの、さすがに最低限のお水やフードは与えられていたはずです。しかしいつの日か、生きるための水も、フードすら満足に与えられなくなったのですから、人間を信じられなくなって当然です。崩壊後の繁殖場に女神のように現れた、マリアが大好きだったボランティアのMさんやSさんたちの8カ月におよぶレスキュー活動によって、少しずつ人間という生き物を信頼できるようになっても、その小さな幸せが、時間が、永遠でないことを知ったのです。だって、犬たちのため、里親探しのためとはいえ、ある日突然、飛行機に乗せられ、見ず知らずの場所に、見ず知らずのボクたちの元に連れてこられたのですから・・・。

 

 

 

マリアと過ごす日々を重ねていくうちに、家の中でのマリアの存在はどんどん大きくなっていきました。1ヶ月を過ぎたころ、東京のボランティアのOさんから電話で、マリアに「里親希望の人が現れた」という話が来たとき、カミサンは思わず「わが家の子にします」と返事をしたのです。ボクも娘も、すでに「期限なしの一時預かり」の条件、約束など、すっかり忘れていました。

 

 

どころか、「当然だよ、それでいい、いや、そうしなきゃだめだ」。もう、マリアを家族の一員として迎えることに抵抗などまったくなかったのです。それどころか、里親として迎えたマリアの存在が、ナナを失ってからの2年半、ひっそりとしていたわが家を、家族を明るく照らし始めていたのです。そしてそのことに感謝さえしていたのですから。

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