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Sometime Atlas

第八章 『マリアの"一夜にして"ワンダフルライフ 鹿児島の記憶』 01

鹿児島の記憶-その1

 

 

マリアは時々、寝ているときに体をピクピクひきつらせ、うなり声をあげることがあります。今では何も怖いことなどあるはずもない日常なのに、まるで悪い夢にうなされているように・・・。それはそうかも知れません。マリア、いや当時、名前すらない、短い鎖につながれた小柄なラブラドールレトリーバーは、鹿児島の山奥にあった、崩壊した繁殖場でこの世の地獄を体験してきたのですから。

  

  

 マリアは寝ている最中、うなり声をあげて、こうやって手を伸ばして、何かから逃げているようなしぐさをすることがあります。きっと怖い夢をみているんだろうな。

 

 

そんなとき、思わずそっと起こして悪い夢から目覚めさせ、もう大丈夫。なにも心配はいらないんだよ、ってマリアに言ってあげたくなるんです。そしておいしいおやつを食べさせたくなってしまう。だからラブラドールレトリーバーとしては小さな体なのに太っちゃうんですけどね。おなかまわりなんかパンパンだ。

  

 

 それはともかく、マリアがわが家にやってきてもう4年目。ついにマリアが、今でも夢を見ることがある、トラウマ(心的外傷)として忘れたくても忘れられない当時のことを、少しずつ話し始めてくれたんです。

 

  

 

『・・・・・マリアは2005年鹿児島の山奥の電気も水道も通ってない繁殖場で生まれたの。よく覚えていないけれど、すごくすごく寒い季節だった。兄弟は何頭かいたけれど、私と黒ラブのお姉さんの2頭だけが繁殖犬として残されたの。ほかの兄弟は繁殖場で販売もしていたから、引き離され、それぞれ買われていったわ。そのころは繁殖場も採算がとれていたのか、次々といろんな犬種の犬たちが増えていった時期だった。私のママはオーナーにかわいがられていたので、ほかの犬たちと比べれば繁殖場の中では待遇が良かったほうだと思う。

 

 

 

それでもみんないつも空腹だった。だってオーナーが持ってくるフードは繁殖犬が大小40頭ほどもいるのに1日1回、たった10キロ。それに来ない日が続いたこともあったのよ。もちろん、水道もないところで、飲み水は雨水。タンクにためた水だから、汚くて不衛生だった。

 

 

 

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私たちはいつも餌の取り合いで大変だったの。けんかは日常茶飯事。けがをしても病院に連れて行ってもらえない。耳をかみちぎられた仲間もいたぐらい。そしてけんかをする犬は短い鎖につながれ、ほとんど身動きできない状態でみんなから隔離されていったわ。私のママは顔に三ヶ月の大きな傷跡があったし、私だって耳の付け根と耳先に傷跡があるの。だからその時の教訓で、もう絶対に誰ともけんかなんてしない。怖いし痛い思いはもうしたくないもの。

 

 

 

私たちは空腹を満たすため、いろんな物を食べていた。だからみんないつもおなかを壊していたわ。繁殖場内は膨大なふんの量とにおいで大変だった。だから足の踏み場もなく、寝る場所もままならない。暑い日も寒い日も雨の日も、小屋どころか屋根もない土の上で暮らしていくしかなかったの。

 

 

 

そんな地獄のような生活をしていた2007年の冬。気温が0度近くまで下がったある日の夕方、ひと気のない山奥の繁殖場に突然、女の人2人(MさんとSさん)がやってきた。私たちは見慣れない人間に怖くて怖くて吠えまくったわ。

 

 

 

そのときの様子が、Mさんのブログにはこう書かれていたらしい。

「山道を登っていくと、不気味な雰囲気にこの先にいったい何があるのだろうと怖くて身震いがしました。そして犬たちの姿を見たとき、一体、この子たちは、ここで何年このような状況で過ごしてきたのかのだろうと、本当に恐ろしくなりました。」と。初めて私たちを見たとき、Mさんは劣悪な環境と悲壮な姿にショックを受けてしばらくは眠れなかったそうよ。

 

  

 

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                 繁殖場時代のレモンちゃん。今では里親さんも元で幸せいっぱいに暮らしているゴールデンレトリーバー。

 

 

 

それから、彼女たちはボランティアとしてなんとかして私たちを救いたい一身で繁殖場に来てくれたの。でも、繁殖場のオーナーははじめからMさんたちを快く受け入れたわけではないのよ。オーナーに、犬たちに餌やお水をあげ、世話を手伝わせてもらう了解を得るまでものすごく時間がかかったみたい。Mさんはそのために何度も何度も山奥の繁殖場に通ってくれたの。家から繁殖場まで1時間近くもかかるし、お仕事もしていたのに・・・。

 

 

 

私たちはたびたび来てくれる彼女たちに徐々に心を開いていったわ。生まれて始めておなか一杯になるまでごはんを食べさせてくれたし、ふんのお掃除もしてくれた。でも、一番嬉しかったのは汚れたままの体を優しく撫(な)でてくれたこと。それもまた、生まれて始めての経験だったから。

 

 

 

私と黒ラブのお姉さんは、Mさんたちの気配を感じると、今でもごはんの準備をしてもらっているときにするように、何度も何度も高くジャンプをして喜びを表現したの。Mさんには「あんなにジャンプして疲れないのかな~」なんて思われてたみたいだけどね。

 

 

 繁殖場時代のマリア。この写真はきっと、Mさんたちがやってきて嬉しくてジャンプしているところ。この頃は短い鎖は外されていますが、しかし、屋根もなく、周囲は汚れ、とても劣悪な環境です。

 

 

 

 

私たちを救出してくれたもう一人の女性がSさん。かわいい車に乗っていて、車の中はいつもお花の香りがしてた。Mさんは車をもってないので、Sさんがいつも車をだしてくれたの。けがをした犬や病気の犬をためらうことなく病院まで運んでくれたやさしい人。Sさんは「このことで決して後悔したくない」と最後までMさんと一緒に頑張ってくれたのよ。

 

 

 

でも、当時、マリアたちを取り巻く環境がほんの少しずつ改善されていく裏側で、犬の所有権放棄に至るオーナーとMさんの長い長い戦いが始まろうとしていたことなんて、私たちは知るはずもなかったんだけど・・・・・』

 

 

※写真はMさんのブログに掲載されていたものを許可を得て使用させていただいています。

 

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